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| 今、私は美しいオフィスにてキーボードを滑らせています。色々な事があり、色々と変わりました、環境も周りの人も私も・・・。思えばお金もコネも無く、これといったスキルも無いただの自信家が、皆さまのお陰で小さいですが、一つの結果
を出させて頂き、本当にありがたく思っております。胸に込み上げるこの思いを少しでも知って頂きたいと思いお話させて頂きます。
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サラリーマン時代、建築の設計企画・施工管理・販売仲介と勉強させて頂き、全ての分野でそこそこの業績を残した私は、お誘いのあった注文住宅専門会社に入社、小さい会社でしたが総合的にお客様のサポートができるこの会社で最終的にはトップセールスマンになりました。トップといっても2位
とは一桁違う成績を残すのですが、会社の方針に疑問が有り、自分の理想の通
りに仕事をしたいと思い退職を決意しました。
その後は営業活動はせず作業服を着て契約して頂いたお客様の家の現場管理をして完成お引渡しをしました。この頃のお客様なら分かって頂けると思うのですが、人様の3倍ほどの年収があるのに、当ての無い独立をするのは大丈夫?と結う人がほとんどだったと思います。理想を求めてと結うとカッコいいのですが、自分の思い通
りの仕事がしたい・自分の気持ちには嘘はつけないという思いが独立を決意させました。
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| 自社ビル▲ |
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計画性の無い起業でしたので、色々戸惑いや手こずる事がありました。独立の段取りでは、銀行口座一つ作るにも名刺もハンコも無く、連絡先も無い状態で走り回りました。事務所が完成してアウトレットで机とイスを買い、待望の電話が引けて名刺が作れる状態になった時の充実感と、夜中の事務所で「後戻りはできない」との不安感など、こんな事が毎日のようにありました。この頃お金も無く、事業用資金のローンを組むのに両親に頼んだ事は今も忘れられません。おそらく親に初めてお願い事を真剣にした時ではないかと思いますが、「苦しいときは甘えたらいいねん」と言われて弱い自分を見てもらい肩肘張らず親と話せるようになったのはこの時からだと思います。
そんな振込みの仕方もままならない会社でも、沢山の人に助けられました。小笠原君の為なら保証人に成るよと言ってくれた職人さんや祝儀工事としてお客様や仲間から仕事を頂いた有り難さ、作業服を着ながら工務と営業の両立に悩んだ頃、集金時に騙されて自分の甘さに気づいた事、手伝いに来てくれた妻のミスに厳しくあたり心痛めた事、ある意味楽しかったと思います。幸い誠実できっちりした仕事をするということと、人に好かれるほうだったので仕事や人が集まり、社長に付いて行きますと結うスタッフも集まりだし会社らしくなっていきました。
この頃からアイデンネットが発行され、お子ちゃまみたいなコラムを書き始めたと思います。たまに以前のアイデンネットを読むと、精一杯の自分の思いを恥ずかしげも無く書いている自分がかわいく思います。このお話も何年後かに読むと微笑んでしまうと思うのですが・・・。
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| その後、コンテストの金賞受賞や大型リフォーム・リボン岡の発表、株式会社への法人化など動きがあり、この時から私の考えが大きく変化・成長したと思います。企業理念や実践方針など会社の存在意義や進むべき方向などスタッフの迷いの無い動きを考え目標を持つ大切さなどを話していく様になりました。
ちょうど2年前の法人化に伴い掲げた目標が「福利を向上させます」・「駅前に進出します」等でしたがスタッフの協力のお陰で駅前進出が小さいながらも本社ビルの建設に代わり、福利も向上させてこれました。今は
「2年後に支店を出すぞ!」と更なる目標を掲げています。私の考え方も、今後もっと変わっていく事と思います。間違った方向に進まない様に、方針がずれない様に企業理念にある「善循環システムの恒久的実践」通
りに動いていきたいと思います。そして何より今まで可愛がって頂いている皆さまに喜んで頂けて、お役に立てるサービスを感謝を込めてさせて頂きたいと本当に思っております。
この言葉覚えておいて下さいね。私がいなくなってもこの考え方は不変であり、次なる者が更なる善循環で組織は進化させて、皆さまによりレベルアップしたサービスをご提供していると思います。
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| 最後までお付き合いして頂きありがとうございます。新しいオフィスを見ながら、どうしてもこの思いは伝えたいと思いお話しました。1年後に生き残っているか分からない小さな会社ですが、夢は大きく、お客様を大切にする思いは日本一の会社だと思ってます。そして実践していく会社だと思います。
これからもこの思いを忘れず、日々精進していく事をお約束いたします。
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